ABURAJOE official web site 

 

 

第20話 「ふりかえるべからず」 PART.2

 

24才になっていたワシは東京でただ仕事をするだけの不毛な毎日を送っていた。

音楽をするつもりで上京したはずが、音楽とはまるで無縁な毎日。
バンドもない、ミュージシャンの友達すらいない。
うんざりしていた。
逃げ出したかった。

 

そんな10月のある日、ずいぶん久しぶりにMチンから電話が入る。
「ワシな、今度結婚するんじゃ。式に出てくれん?」
よろこんでOKし、上京以来ロクに帰ってなかった広島への久々の帰省。

「昔の仲間で飲もうや」そう言われて、結婚式の前日、これまた久々に会う
ベースのTと一緒に、Mチンが彼女と暮らす予定の新居にお邪魔して、3人で
昔話をしながらワイワイと飲んで盛り上がった。

すっかり夜中になり、明日は大事な日だしオヒラキという事にし、
とりあえずワシはTの家に泊めてもらうことにしてMチンと別れた。

酔っぱらいつつTの家に向けて運転してると、ふと、10年前住んでいた
マンションの前を通りかかった。

(懐かしいなー、どうせ夜中で外には誰もおらんだろうし寄ってみよ)

道ばたに車を止め、助手席で寝ているTはそのままにしてワシは一人、
昔懐かしいマンションの階段を昇った。

 

真っ暗だった。
月明かりに青白く浮かぶマンションは、階段も郵便受けも昔のままだった。
(変わってないなー)
階段を昇りながら、10年前ギターを始めた頃を思い出していた。
毎日ワクワクしながらギターを弾いて、未来にドキドキしていた10年前。
まぶしいばかりのあの頃に比べて、なんと今の自分のさえない事か。
ボンヤリするうち4階についた。
ここから見る景色も変わってない。

 

「ゴト‥‥ゴト‥‥ゴト‥‥」

 

いけね、ごっついラバーソール履いてきてしもうた。靴音目立つなー。

とりあえず夜中にトイレで起きた人が窓越しの男の姿にビックリしないよう
頭を低くかがみながら歩いた。

 

「ゴト‥‥ゴト‥‥ゴト‥‥」

 

固いゴム底の独特な音が響く。

そして4階いちばん奥、懐かしの我が家の前に立った。
懐かしー!変わってなーい!感激ー!
そうそう、風呂を沸かす湯沸かし器が玄関の横にあったんやぁ。
湯沸かし器まで変わってないなー。

 

‥‥妙だなぁ、変わってなさ過ぎる‥‥

湯沸かし器なんて10年もたてば明らかに年期を感じるはずだろうに、
まるで当時のままだ。
よく見りゃ、壁のヒビや質感、ポストや金網の錆び具合、
全てにいたるまでがあまりにも昔どおり過ぎる。
まるで10年前に戻ったかのようだ。
月明かりの下で見てるからかな?

5分ほど立ち尽くし、またゆっくりともと来た道をしゃがみながら戻った。
車に戻ると、Tはグーグー眠り続けている。
時間はAM2時40分だった。

 

ハッと、10年前Mチンと過ごしたあの恐怖の一夜を思い出した。
すっかり忘れてたが似てるな。
あのとき聞いた靴音。あの状況。似過ぎだ‥‥
ま、まさか、トワイライトゾ-ンか?
いやいや。
ワシと同じように昔を懐かしんだ男が夜中にソッと来ただけかもしれんし。
イヤしかし‥‥あの時の男はひょっとして‥‥

 

結婚式は滞りなく無事終わり、ワシはMチンとお嫁さんに空港まで送ってもらった。
Mチンには昨夜の事は言わなかった。どうせ昔の事は忘れてるじゃろうし。

別れ際、突然Mチンは言った。
「りゅうた、いつかバンドを組んで胸を張って音楽をやれる日まで、
 もう広島には帰って来るなや」
「え~?なんでや?冷たいなー」
「なんかお前、後悔してそうな甘っタレた顔しとるけぇ」

 

‥‥ズバリだった。

 

なんとなく、夕べの出来事もそのせいではないか。
あまりに昔を懐かしむワシの念が、変な所の扉を開いてしまったんではなかろうか。
きっと10年前のあの夜、ワシとMチンが見たのは
「今を嘆いて昔をふりかえってばかりいる、10年後の後ろ向きな自分の姿」
だったんだろう。
東京行きの飛行機に乗った瞬間、なんとなくふっきれた気がした。

 

あれ以来、広島には帰っていない。

                                 つづく

 

Copyright (C) 2003-2008 アブラジョー. All rights reserved.