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第12話 「温泉を信じるべからず」

 

何年か前の事だ。
元アイドルKの所属するLという事務所のO氏から「KにMッシェルガン
エレファントのような曲を書いてほしい」と依頼されて7曲くらい書いた。
うち3曲をレコーディングして発売する事が決まり、ホッとしたのも束の間、
なんだか自分のバンドの作曲がすっかり行き詰まってしまい、どうにも曲が
書けなくなってしまった。

 

というワケでワシは栃木県Y温泉のBホテルを予約、温泉へ行くことにした。
なにが「というワケで」なのかはさておき、3月20日に予約したBホテル
「混浴露天風呂アリ」のパンフをながめながら心待ちにしていたところ、
O氏から電話が。

「Kのレコーディング入れたんスけど、いいっスか?」
「イイっすよ。いつです?」
「3月19日なんすけど」
ゲッ、あぶね。温泉前日やん。まぁ別にいいけど。

「で19日の夜8時頃から始めて翌6時か7時頃まででイッキに3曲録り
 終えちゃおうと思ってるんですよ。いかがです?」
ゲゲッ!その朝6時か7時頃に出発しようと思ってたんスけど‥

「イイっすよねぇりゅうたさん、徹夜で音楽を作り続け、明け方スタジオを
 出てみんなでご飯食べて帰って、そして泥のように眠る。最高っスよー!」
最高っスよーそりゃ。眠れれば。

「やっぱその日は温泉なんでちょっと‥‥」
言えん。ワシには言えん。
O氏は熱血タイプだ。全てを投げうって音楽に没頭する若者が好きなのだ。
音楽を投げうって温泉に没頭するオヤジを許しはしないだろう。
やるしかないか‥‥

そうして迎えたレコーディング当日の朝。さらなるアクシデント。
2〜3日前から風邪っぽかったのだが、いよいよ本格的に悪くなったらしく
熱が38度6分もあった。

ま、まずい。
レコーディングはともかく温泉が‥‥
あ、イヤ温泉はともかく、レコーディングがぁ!

たてまえで生きるワシだ。

 

レコーディング自体は順調に進み、AM2時過ぎにはギターのオーバーダビングも
終わらせ、あとは歌だけ、というところまでなった。
オケを録り終えたバックなんて出がらしのお茶っ葉みたいなモンだ。
捨てちゃえ!

(帰っちゃおっかなー)

ワシの「帰ろっかな光線」を察したのかO氏は
「りゅうたさん、まさか帰るなんて言いませんよね?
 ホラ、りゅうたさん作曲者なんだからボーカルとかにもいろいろ注文あるでしょ?」
いえ全然。
「プロデューサーなんだからいてくれないと困りますよ」とマネージャーA氏。
プロデューサー?プロのデューサー?いえ、ワシ、アマですけ。

 

ボーカル録りは無愛想なスタジオのエンジニアが勝手に進めている。
もはやワシに残された仕事は、机の上に山積みにされた差し入れの中の
メンタイコおにぎりとサラダプリッツをこっそりリュックに入れる事ぐらいだ。

同じく風邪をひいて熱があるKのボーカル録りは遅々として進まない。
「ダメだダメだ!こんなのお話になんないよ!もう一回やり直し!」
無愛想なエンジニアがKに難くせつけながら怒鳴り散らしている。
それだけでも気が滅入りそうや。

「あのう、Oさん。なんかKも調子悪いみたいだし、
今日のとこはお先に帰らせてもらいますネ」

やっとこう言えたのがAM3時半。家には5時半頃着いた。
あと1時間。1時間後には出発や。
寝よう。少しでも寝なくては‥‥

 

そして6時半に起きた時、すでに熱は39度6分あった。
今から池袋に出て日暮里へ行き、そっから鬼怒川へ行ってバスに乗り換え、
1時間の山道‥‥かぁ。
想像しただけでめまいが‥‥それで温泉につかったりしたら‥‥
「のび太くぅん」
え?のぶ代?
「こんにちは。ぼくドザえモン」

ダメだ。
野口五郎なみの幻聴まで聞こえてきた。あきらめよう。
Bホテルに電話でキャンセル。
当日キャンセルだからキャンセル料をゴッソリ取られた。

ぬぅぅ〜ちくしょう!復讐や!誰に怒ればええんじゃ!?
もう〜なんだかとにかくもうスゴイぞ!!えーいクソ!!

ワシ、猛り狂う。

 

4月4日に下北沢251でKのワンマンライブをやった後、結局ボーカルだけ
録りなおしのためO氏とKとワシの3人でスタジオに入りなおす。トホホ

目まぐるしいスケジュールを経て、ようやくCDが悲願の完成を迎えた4月下旬、
ワシは最も復讐すべきBホテルに再度予約、2ヶ月越しにワシをじらし続けた温泉へ、
やっとのことで辿りつく事が出来たのである。

ワシは走った。
ハァハァ言いながら走ったさ。混浴露天風呂へ。
そこには、こう書いてあった。

 

混浴露天風呂は、貸切家族風呂に生まれ変わりました!

 

母さん、殺っちゃってもいいですか‥‥

                               つづく

 

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