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第7話 特別編「ノド日記 〜東北をあなどるべからず」

 

2001年10月、ワシはノドの手術の為、埼玉のデカい病院に入院した。
2月から月1回は腫らして、7月からはとうとう腫れがひかなくなってしまい
実に苦しい日々だった。
あの苦しみから解放された感動は何年経っても忘れない。

本当は扁桃腺の摘出手術だったのだが、友人ロッキーさんから
「アホ、『ポリープの手術』て言うた方がカッコええっちゃ」とのアドバイスを受け、
以来あれは「ポリープだった」事にしている。誰にも言うなよ。

「ポリープの手術」と言えば、一流ボーカリストの必須アイテムだ。
というワケで、とうとうワシが八代亜紀と並ぶ「一流のボーカリスト」の仲間入りを
果たした貴重な瞬間を、病院のベッドで書いた日記を通して皆さんにお見せしよう。

 

 10月10日
  雨、寒い。ザーザー降ってる。
  昼前入院、いきなり昼飯。煮物メインで精進料理みたい。
  吸い物、水みたいにヌルい。
  なぜか泌尿器科の病棟に入れられる。
  医者から手術の説明アリ。こえぇ。
  テレビカードをなくす。
  退屈。

 10月11日
  くもり。
  夕べ9時消灯、全く眠れず。
  70才くらいのジイさん、夜中じゅう病室の中をウロウロして
  他の人のベッドを覗き込んだりしててアヤシイ。
  全身ウルトラマン柄のパジャマなのもアヤシイ。
  今朝7時半、朝メシ。
  「ご飯、みそ汁、チキンナゲット2コ」ほんとに栄養士が?

  お向いの人のよさそうなジイさん今日退院。胆石だったそう。
  エロ系雑誌もらって弱る。
  ティッシュもらってもっと弱る。
  名刺もらった。H市の市議会議員だった。
  ウィンクしながら「何かあったらまかせて」
  何が?

  医者に「検査の為の注射を打ちますが、この世で最も痛い注射ですよ」
  と言われ覚悟。
  1本目、たいした事なし。ただ「凄く痛い」くらいの筋肉注射。
  そして2本目

 

  「イラララララララ‥!!!!

 

  はじめての遠吠え&のたうちまわり。
  普段の注射を「線香花火」とすると、これは皮膚の下で「隅田川花火大会」が
  催されたカンジ。2万発。
  病室、なぜか眼科の病棟に。

 10月13日
  昨日手術。
  12日、朝8時半、手術着に着替えさせられる。
  「下着も何も着けないでね」と婦長。
  手術着、叶姉妹が似合いそうな超ミニ。

  (ち…ちん…出…)

  手術台の上で布団をかぶせられチ○コひと安心。
  と思ったのも束の間、全身麻酔で末端が冷えるのを防ぐため
  足に包帯を巻く、という。
  「失礼しまーす」と言い、若い看護婦のネーちゃん二人、
  足下から布団をクルックルッと丸めはじめる。

  (ち…!ちん…!出…!)

  麻酔効き始め、意識モウロウとなる。
  チ○コギリギリ隠れる所で止まるも、包帯を巻くために足を持ち上げる度
  「体操の首の運動」のように、チ○コぐらんぐらん踊る。
  屈辱のまま眠りへ。

  気がつくと病室のベッド。手術は終わったらしい。
  ひたすら血を吐き続ける。痛い。
  病室、耳鼻科に移される。

 10月14日
  痛い。昨日よりも痛い。
  痛くて動けない。
  医者に隠れてタバコを吸う。ウマイ。痛い。

 10月15日
  明け方の痛みはハンパじゃない。
  のたうちまわる。

  10月16日
  痛すぎる‥‥死ぬる

 10月17日
  痛い。退屈。
  向かいのジジイ、ひたすらパソコン。
  看護婦「何やってらっしゃるんですかぁ?」
  ジジイ「ちょっとネ、翻訳を」
  看護婦「えー!お仕事ですかぁ?スゴーイ!」
  ジジイ「いやぁ、趣味でネ」
  このあとクドクド自慢。
  点滴の度、しつこく看護婦を口説く。
  昼間、女子寮まで散歩してたらしい。
  あぶない。ハゲている。

 10月18日
  手術後はご飯がお粥になったのに、なぜかおかずはハンバーグ、焼き魚、
  チキンチリソースなど攻撃的。魚には骨。殺る気だ。
  思い出したかのように時々ペディグリーチャム的ペースト。犬か?
  司馬遼太郎「義経」
  義経サイコー!
  ママ、ボク元気になったら毎日義経食べるよ!

 10月19日
  最近、夜中眠れず、コッソリ抜け出して深夜の病院内をウロつく。
  ものすげぇダダっ広い。
  エレベーターがナースステーションの前にあるので階段で抜け出す。
  途中5、6階手術部を通る時、なぜか「チ〜〜ンンン…」と鐘の音が一つ。
  こえぇ。
  司馬遼太郎「国盗り物語」
  斉藤道三チョーかっくい!
  パパ、アタシ大きくなったら斉藤道三になるわ!

 10月20日
  ノドかなりイイ。
  だいぶ良くなり、医者から「あさって退院」とつげられる。
  昨日1階から14階を階段で2往復したおかげかぐっすり眠れた。
  夕べの晩メシ、お粥と豆腐だけ。寺か?

 10月21日
  実はまだそうとう痛い。
  明け方は相変わらず、のたうちまわる程痛む。
  座薬の打ち過ぎで、ワシの尻の穴「遊び過ぎのオカマさん」状態。
  ちょっぴりヒリヒリ。やだわぁ。
  徳弘正也「シェイプアップ乱」
  オモロイなぁ。
  母さん、僕は徳弘正也のファンです。どうか泣かないで。

 10月22日
  診察の後、退院予定が延びる。

 10月23日
  退院、明日に延びる。殺す気か?

 10月24日
  退院さらに明日に延びる。そうゆう拷問か?

 10月25日
  午前11時、ジイさんたちのジェラシーの目を一身に浴びつつ退院。
  みんな頑張ってね。

 

長い長い2週間だった。
結局なにが原因だったのか分からないままワシの9ヶ月間におよぶ闘いは終わった。
退院後、ワシの小学校時代の初恋の人で、東北地方へ嫁いだT子さんという子から
ずいぶん久しぶりに電話が入った。
その年の始めの2月に彼女が仕事で上京した時
「会って小学校の想い出話でもしよう」
と誘われてたのを「忙しいから」と断ったきりだった。
そういやあの後から急に腫れ始めたんだよなぁ。
電話で2月以降の闘病生活の事を話すと

「やっぱすなー」

東北へ嫁いで早10年、すでに3児の母となっている彼女はキッツイ東北訛りで
キッパリ言った。

「まぢがいねだ、そらアダスの呪いだ。アダスをないがすろにすっから、
そっただ目に会うんだべすと。ウッヒャッヒャッヒャ!」

 

オメーか原因は!なんだ「だべすと」て!

 

清楚で上品だった小学校時代の彼女が、いつの間にか
「いなかっぺ大将の大ちゃん」みたいな女に変わっているとは。

東北は深い。

                              つづく

 

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