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第5話 「人間よ、ネズミになるべからず」

 

「いいバイトがあるんだけど一緒にやらない?」
ある日、ピンクフロイド好きのO君がバイト話を持ってきた。
「3日で13万」
やる!

その頃ワシの家には、電化製品がドライヤーとダブルデッキのラジカセしかなく、
しかもダブルデッキの片方はすでに壊れて「シングルデッキ」となっていたにも
かかわらず、その最後のシングルも時々
「う~~~む‥‥お‥お‥おぉ~~~ぅ‥‥」
などと気持ち良さそうに悶えるようになり、もはや断末魔が近いのがうかがえた。

マズい。
音楽が聴けなくなったらキビシイ。いよいよ人並みな生活が送れなくなってしまう 。
金だ。新しいラジカセを買うには金が要る。
そんな背景もあってO君の持ってきたバイト話に飛びついた。
「ピンクフロイド好き」という時点でアヤシイが、背に腹は変えられん。
人並みな生活のためだ。

「何やるん?キツい?」
「いや、3日間3食昼寝つき。ただテレビ見たりマンガ読んだりするだけ」

マジ?オイシすぎ!

「ただまあ、ひたすら注射打つくらいかな」

‥‥え?

「3日間、5時間おきくらいに血を抜き続けるのよ」

‥‥それ、何のバイト?

「開発されたばっかの新薬の人体実験」

 

  ワシら‥‥‥モルモット?‥‥

 

「まぁ早い話がそうだネ」
人並みな生活のためにネズミ並みのバイトかぁ、トホホ‥‥

もう一人、友人Hを誘ってA区にある「臨床検査研究所」なる所へ。
中に入ると白衣を着た医者らしき男7〜8名に囲まれ、何か説明を受けてる若者約20名。
それぞれ「ワルでーす」「プータローでーす」「ミュージシャンでーす」と、
「人生捨ててます自慢」の各ジャンル代表、といったカンジの顔ぶれ。

医者から「ここにサインして」と誓約書らしき紙キレが。
<私はこの度の医薬ボランティアで、いかなる後遺症、または死亡事故が発生しようと、
当研究所に対して一切の責任を問いませ‥>
「あ、読まなくてイイから早くサインして」
読むがな!問うがな!

「あ~、でキミ。君は今日から3日間16番ネ。『16番』と呼んだら返事をして下さい」
すでにワシは名前も失い、番号で呼ばれるただのモルモットと化した。
母さん、あなたの息子は今、血を売って生活しています。お元気ですか?

内容はいたってシンプル。今から新薬(心臓の薬らしいが説明ナシ)を飲んで、
あとは3日間、ひたすら血を抜き続けるだけ。
テレビもすっかり飽きてマンガを読む事にしたのだが、そこにあるのは
「墓場の鬼太郎(ゲゲゲの鬼太郎の原作)」とか「恐怖新聞」とかの暗くてネガティブで
死にたくなるような血みどろのマンガばかり。
せめて「ドラえもん」とか。
最悪「コボちゃん」とか。
なんかあんだろ!もっとハートウォームなヤツが!えぇ?おい医者!

 

夜中に医者の目を盗んで、知り合ったばかりのイレズミ兄ちゃんたちと酒を買いに行き、
屋上で飲みながら話をしたが、なかなか興味深かった。
こういう実験は「薬の危険度」で金額が全然違うそうだ。
目薬なんかの実験だと25万から30万とかもらえるらしい。
もっと重大な病気の治療薬なんかは100万くらいくれるのもあるそうだ。
命の保証はないらしいが。
ちなみに今回の13万は金額からすると「普通」なんだそうな。‥‥普通?
しかも彼ら、これが終わったらスグ別の病院で別の実験が待ってるらしい。
驚異のモルモット人生、人体実験ジプシー。どうなるお前のフューチャー。

食事が実にモルモッティーでせつない。
説明をする医者の手にはナゼかストップウォッチ。

「はい、今から『スタート』と号令をかけたらまずパンを食べて下さい。
ひと口かじったら15秒間噛んで飲み込み、6回に分けて食パン一枚食べきってください。
そのあと牛乳を10秒間で飲み干し、次にサラダを‥‥」

えーい、うっとおしい!
被験者の条件を同じにするためか、やたら細かい束縛にネズミ気分を満喫。
おまけに毎晩夜中に叩き起こされて血を抜かれるのもプチ・ゲシュタポ的でソーヘヴィー。
だがまあそれ以外はお気楽なカンジで何事もなく2日間は過ぎた。

 

そして向かえた3日目の朝。
朝イチの血抜きの時間、友人Hが「落ちた」
試験管に1本2本と血を抜き、3本目にさしかかった頃、赤っぽかった顔が
黄色くなってきたナーと思ったら緑色に変化。まさに「逆さ信号機」
器用だネ。
突然シロ目をむき、口から泡を噴きながら腕に針を刺したまま
ガクン!ガクン!ガクン!と痙攣を起こし、その場に崩れ落ちた。

一瞬静まり返った後、被験者たち

 

「俺が危ない!」

 

一斉に逃げ出そうと扉に殺到。
「逃がすな!!」医者の声が響き、助手たちが扉の前に立ちはだかる。
「お金は要りません!帰してください!」泣きつく奴もいた。
「早く席に戻れ!」もはやバーチャル・ナチス。
「実験は続行します!(助手に)おい!8番(Hの事)を運びだせ」
いずこへと連れ去られるH。ドナドナ・イン・ナチス。さらば友よ。

その後全員無事(?)血を抜かれ、別室で休まされていたHも、黒と白が混ざった
ファジーな顔色のまま強制採血。

「何も‥‥覚えてない‥‥」

血の抜き過ぎで軽い記憶喪失になったらしいHの、最後の言葉が象徴するような
小動物な3日間は終わった。

 

その金で無事人並みにラジカセを買い、人並みな生活に戻れたワシはある日
人並みにディズニーランドへと行く。ビバ!人並み
そこでは当然のように、ミッキーが楽しげに子供達と握手をしている。

「ネズミのバイト‥‥かぁ」

妙に親近感を覚えたワシは近付いて握手をしつつ
「がんばってね」と妙なエールを送ってしまった。
満面の笑顔のミッキーの中からかすかに
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
と苦しそうな男の息切れが聞こえた気がして、無気味で哀しかった。

                                つづく

 

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